「幻の都」恭仁宮跡、特別史跡へ 奈良時代の短命の宮都 文化審答申(朝日新聞、2025年)。
今造る久邇の都は山川の清(さや)けき見ればうべ知らすらし(万葉集)。
当時どうやって都を選んでいたのか。占いとか時期とか耕地や水、風光か。
牧歌的に思えるが煩わしいことからの決別もありうるのでそうでもないかも。
大阪都構想を思い出す。行政コストの削減が目的らしいがそれほど減るもんなのかね。
行政区分を東京都に倣うのに、なにも首都にならんでもいいのに。知らんけど。
当時の行政コストってどうだったのか。徴税、軍備、治水、道路の整備とか。
さっぱりわからん。