本当かどうか知りませんが考察がブームだそうです。
[名](スル)物事を明らかにするために、よく調べて考えをめぐらすこと。(※1)
だそうです。論考という言葉もあります。
[名](スル)論じ考察すること。また、その書かれた文章。(※1)
論じた上で考察する、と。少し論考の真似事をしてみます。
世界とは、起きている事全てのことである。(Die Welt ist alles, was der Fall ist.)
世界という何かには、現在起きている事実が全て含まれている。
現在起きている事実は、総体として世界という何かといえる。
世界という何かには、過去起きた、又はこれから起きる事実(?)は全く含まれていない。
過去起きた、又はこれから起きる事実(?)は、少なくとも総体としては世界という何かではない。
事実とは、事態の成立の事である。世界とは、知覚出来る外界の事である。
1921年に出版されたようです。執筆は当然その前です。
出征、科学技術の進歩、同盟側の敗戦、とかあったので目の前でまさしく世界が激動していたのでしょう。
論理構造と写像、別に違和感ないです。
ですが、アフォーダンスと表象(と作用)を知ってしまった現在、高い確率で行動を後押しする何かは
真理命題の範囲では記述できないのではないかと感覚的に思っています。限界の記述なので元々範囲外、
と言われそうですが、小さく狭く定義することも発展性なく解釈する事もないんじゃないかと。
素人趣味でこういう事を書いてるとますます〇〇に思われるので早々に結論です。
人に一定レベル以上の何かを伝える際、以下に留意していただけるとありがたいかなと。
・モノやコトは言葉。言葉にはアフォーダンスがある。どんなアフォーダンスかは用途による
・表象は人による。目的を強烈に意識する
・状態を事態の成立で記述するのは現実的に無理がある
・「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」
示す事、ですよね。
※1:出典:デジタル大辞泉(小学館)
※2:ドイツ語は全く分かりません